八七年五月のベネチア・サミットでは、監視のための具体的な指標として(1)経済成長率、(2)内需、(3)インフレ率、(4)財政収支、(5)経常収支、(6)金融情勢、(7)為替レート、の七項目を採用することで合意しました。この指標はその後、同年十月のIMF総会で米国のベーカー財務長官が七つの指標に加えて、金を含む商品バスケットをサーベイランスの指標に加えるよう提案、翌八八年六月のトロント・サミットでは「政策の相互監視を強化するため、商品価格指標を追加する」という合意が成立しました。指標の活用方法は、サミットで構想が打ち出された当初は、一定の指標が目標値から乖離すると自動的に政策変更を迫られるという内容でしたが、その後、そうした強制的な指標の使い方では真の協調は難しいということがわかり、ピアープレッシヤー(朋友の圧力)によって、指標から乖離した各国が自主的に判断して政策を変更するという方向になっています。特にトロント・サミットでは、こうした相互監視に基づいて「インフレなき持続的成長を達成するため、赤字国は歳出削減、黒字国は内需拡大を持続することが重要」という認識で参加各国が一致しました。その後、九〇年代に入り各国の経済政策が内向き志向を強めるにつれて、サーベイランス論議は後退しています。